妊活支援ブログ

2021-03-11 17:34:00

10年前の今日は忘れられない。

 

その時は私は東北に居た訳でなく震度2~3を味わった程度で

 

近しい人の訃報を聞いたわけでもない。

 

でもあの衝撃は忘れられない。

 

 

今日と同じように薬局(場所は富山)で働いていた時、同僚が

 

「めまいかな。船に乗ってるみたいで気持ち悪い・・・」

 

と言ったのをキッカケにゆっくりとした揺れに気付いた。

 

当時は築50年以上の耐震完全アウトな職場だったので

 

「崩れたら嫌なのでとりあえず外に出ましょう」と

 

とりあえず薬局に居た人皆で外に避難。

 

強い地震ではないけどゆっくりとした大きな揺れが2~3分ほど続いた。

 

「ずいぶん長かったけど、新潟か長野で大きい地震あったのかな?大丈夫かな。」

 

程度な気持ちで思ってTVを見ると(その薬局では常時TVついていた)、

 

まさかの東北での地震。しかも山形とかじゃなく陸を跨いだ福島沖。

 

こんな離れた所の震源でこっちが揺れることある?!大丈夫なんか?!!??!

 

これこの辺り倒壊とか大丈夫なんか?!

 

と血の気が引いた感覚のままにTVを見続ける。

 

実家の青森もそれなりに震度はあったけど命に関わるほどの強さじゃないと思ったのですぐには連絡はせず。

 

TVを見ていると皆が知っているように津波の映像が延々と流れ始める。

 

 

 

津波って0.5mとか、いっても1.5mくらいで防波堤でバーンと砕ける程度のイメージだったので

 

どんな建物も飲みこんで止まらない津波はもう意味が解らなかった。

 

「現実離れしすぎていて、映画みたいだった」という表現もされるが、

 

映画とかそういうのじゃなく、ただ画面を見ているしかない感覚だった。

 

色んなものを飲みこみながら火事も起きて、火も燃え広がっている様が印象的だった。

 

それから仕事はあまり手につかなかったが、仕事が終わり実家に電話したが回線がパンクして繋がらず。

 

その頃はLINEはなく、キャリアメールが主だったが、それでも連絡が取れず。

 

いつ連絡取れたか覚えてないが、そんな1日が10年前の今日だった。

 

それからもACのCMだけになったり、福島の東電が爆発破損したり、

 

youtubeなどで生の被災者の動画がたくさん上がっていたり、

 

被災の1週後辺りに被災地に行ってたった1日だけだけど薬剤師としてお手伝いしたり(ほとんど何もしてないけど)

 

忘れられないし風化させてはいけない記憶がたくさんある。

 

地震がちょうど生じた15時前は仕事で手が空いてなかったけど

 

今少し合間で黙祷しています。

 

黙祷も大事ですが、教訓を活かして同じことを繰り返さないようにすることが大事でしょう。

 

地震を繰り返さないということは無理なので、

 

地震がきてもその対処での間違いをなるべく無くしていきましょう。

 

それが亡くなった方の最大の弔いだと思います。

 

関連リンク↓

 

昨日の大川小学校の10年後の取材を見ていたら

 

接客業なのに仕事前に目が真っ赤になってしまいました。

 

このような事態に正解は無いと思いますが

 

起きてしまってから何かするのでなく

 

起こる前に自分達を守るために何が良いのか対策を立てておくことが限りなく正解に近づけるのではないでしょうか。

 

 

 

いつも妊活という命の誕生をサポートする仕事をしていますが

 

何度でも書きます。

 

妊活するには自分の命があってこそ。

 

自分の命は粗末にしてはいけません。

 

このようなことがあっても、何となく他人事の様に思わないでください。

 

自分の命を守りましょう。

 

またそれは、あなたの未来の赤ちゃんの命を守ることに繋がるでしょう。