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平成堂薬局

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あけましておめでとうございます

2024年01月19日

というにはもう大分経ってしまいましたが、バタバタと忙しく、やっと新年のご挨拶に到りました。

改めまして、明けましておめでとうございます。皆様の年明けはいかがでしたでしょうか?

日本という大きな目線で見ると、石川の大地震に始まりそれに関連した飛行機事故が起きるなど年明けから大きなニュースが続く2024年となりましたが、私たちもまさに飛行機事故の影響を受け、青森への帰省がとてもバタバタしてしまいました。


1月2日

夕方に羽田→青森の飛行機で帰る予定。
お土産を買って、荷物を預け、搭乗手続きを済ませてから空港で夕食。

(↑空港で夕飯中の長女)

妻の父母も見送りに来てくれていたので一緒に食事をしていた時、私の姉からLINEで「大丈夫か?」のような心配しているメッセージが届く。

何のことかな?と思いながらのんびりご飯を食べていると、どうやら羽田で飛行機事故があり、燃えているらしいという。

自分は羽田空港にいるのが、現場はそういう緊張感みたいなものやアナウンスは一切なかったため、軽くとらえていて離陸が遅れるかもな~、まぁ雪や風の心配がないみたいだからよかった、くらいにしか思っていなかった。

だけど、妻、妻の父母もスマホで色々調べる中で、なかなかな事故が起こったこと、今日飛ぶことは難しいんじゃないかということがだんだんわかってくる。

結局事故以降の便は全て欠航。

申し訳ないながらもう一日妻の父母のおうちに泊めてもらわなければならず、着替え荷物は預けてしまっていたのでそれを受け取るために待機が始まる。

次の日以降に飛行機や新幹線で帰る段取りを組まなければいけなかったが、ネットでできると思っていたがなかなかうまくいかず(往復便で復路のみの変更がネットでは面倒くさいらしい)、荷物を待っている間に優秀な妻が受付の長蛇の列に並び、次の日の便に取り直してくれた。(並ばなくてもネットで取れるだろ!と私と喧嘩したが、結果妻がすべて正しかった。すみませんでした。)

次の日の便は午前早くだとまだ状況が整っていなくて結構の可能性があるとJALと妻の判断で、夕方の便(18時台)をとった。

荷物は受付にいって持ってきてもらう形ではなく、機内から戻ってきた分を通路にドカドカと置いていく形で、自分のものがあったら勝手に持っていく形式だった。

1時間経っても2時間経っても荷物は戻ってこず、子供たち3人は時間を持て余していて大変だった。

(↑持て余してピカチュウの自販機で遊ぶ末っ子)
そんな時、妻の父が「子供だけでも先に連れて帰ろうか?」と一声かけていただき、甘えさせてもらった。

子どもたちと別れ、無事帰っているかハラハラしながら荷物を待っていると21時半ころにやっと私たちのトランクが無事帰還してくれ、自分たちも横浜の実家に帰ることができた。

帰ってから改めて事故の映像を見たが、なかなかに炎上していて驚いた。現場ではこの空気感は一つも感じなかった。

(↑現場では長男が豪快にそばを食べて雰囲気を一掃していた)

1月3日
予想していたように、羽田→青森の朝一の便は欠航した。次の便は30分遅れほどで飛んでいたので、遅れはするものの帰れるだろうと思いながら昼を過ごした。

随時空港の状況を確認していると、16時台発の飛行機が2時間遅れ予定と出てきた。

18時台の飛行機も2時間以上、もしかすると3時間ほども遅れるのかな?もしかしたら時間が押しすぎて欠航ってこともあり得るのか?と不安になりながら、再度飛行場へ向かう。

電車で向かっている最中、妻が「あぁ~!ほらやったー。。。」みたいな声を上げた。
18時台の飛行機が欠航となってしまった。


私と妻は仕事があるので4日には帰らないといけない。

欠航となったのなら、新幹線しかないか。と思い、羽田までの途中であっても品川へ向かう電車に切り替えて新幹線で帰った方が良いのでは?と妻に提案する。

が、妻はとりあえず飛行場に行き、16時台の2時間遅れの飛行機にねじ込んでもらえないか話をしにいきたいと言っていたので、妻に従った。

電車の到着から離陸までの時間に余裕がなかったため、とりあえず妻が全力ダッシュで空港受付へ行ってもらい、子供三人と荷物は私とできる中で早くいく形で二手に分かれる。

妻が相当に頑張ってくれたらしく、私たちが着く頃には「3席空いているとのことで一番下の子(2歳)は私が抱っこして子供二人も乗って、妻が一人で新幹線で帰る」と決めかけていた。

急なことで妻一人を残すことに不安を覚え、一人残るなら私が新幹線で帰るよ、などとやり取りしていると「1席埋まり、残り2席となりました」と言われる。

かなり不安だったが、妻は絶対に譲らない心意気を感じたので、私と末っ子と長女(6歳)が飛行機で帰り、長男(9歳)と妻が新幹線で帰ることに。

それを決めた時の長男の顔が、今まで見たことないくらい不安な顔をしていて胸が苦しかった。あの顔は一生忘れられない。

しかし、飛行機も保安検査場を締め切っているほど時間が切迫していたので、不安な長男と妻を残して飛行機に乗り込む。飛行機ではろくに連絡も取れないことも不安を搔き立てた。

やっとで取った2席なので、長女と席が離れていた。贅沢言える立場でないので仕方ないが不安。

すると偶然、自分の前の席の人が薬局移転を依頼した建設会社の方で、長女と席を変わりますか?隣ではないけど前後だと安心できますよね。と言ってくれた。

とてもやさしい。感謝。と思い、提案をありがたく受ける。

CAさんに確認すると、「今長女が座っている席が私と末っ子が座る席で、今私が座っている席が長女が座るべき場所です」と言われて終わる。



席交換を提案してくれた方もその周りも「そういうことを言ったのではないけど?」みたいな雰囲気になったが、わがまま言える立場ではないので指示に従う。

末っ子が暴れていたので四苦八苦しながら移動し終わると、
CA「お子様を抱っこされていますので、緊急時の酸素マスクが2個ある席じゃないといけないのです」
という旨を説明された。

券に書いている席をしっかりと確認し座らなかったこちらに落ち度があり、CAさんは素晴らしかったわけです。ご迷惑おかけしました。

長女とは離れているものの、先ほどは私が後ろ側にいることで何かの時は前にいるので見やすいかと思っていたが、正しい位置の方が振り返った時に長女が何しているか見えて安心できたので、結果オーライ。

長女にはネット通信を切ったスマホで動画をみてもらったら着陸まで黙ってスマホを見ていたので、目には悪かったとは思うけど不安なく青森に着くことができた。

荷物を受け取るなり、迎えに来てくれた父母と一緒に夕食を食べ、家に帰る21時半。

(唐揚げ定食を食べる末っ子、長女、父母私)
妻&長男組も新幹線に乗るまでに色々とあり、半ばパニックのような感じだったらしいが、長男はしっかりと妻について離れず、無事新幹線には乗れたとのとで連絡があった。

長女、末っ子をお風呂に入れ、寝かしつけたのが22時半頃。

妻&長男は22時50分頃に新幹線で青森着!

父母に迎えに行ってもらい、23時5分頃、無事家族が揃う。

普通席は空いていなく、グリーン車だったとのこと。
(私も乗ったことがないグリーン車に長男が!)

長男は2日も3日もあっちこっちいって振り回され、気持ちも不安だったのにずっと文句を言わずに親についてきてくれた。とても成長と頼もしさを感じた。とてもありがたかった。

妻の妹夫婦もネットで便を振り替えてもらおうとしたり、迎えに来てくれようとしたり、かなり手伝ってもらった。焦りやパニックがある中でかなり気持ちが落ち着いた。ありがとう。

妻の父母。横浜のお家にいるだけでも相当にストレスでお邪魔していると思うけどもそれが1日延び、また空港に来てからも色々あったのに子供を見てくれたりとても助かりました。ありがとうございます。

私の姉父母。いち早く情報をくれ、少しでも早い対応に繋がったので家族全員無事帰ってこれた。また夜遅くにかかわらず空港にも駅にも迎えに行かせてすみませんでした。ありがとうございます。

川村建設の坂本さんご夫婦。飛行機ではバタバタしてしまいうるさかったであろう私たちに声をかけてくれ、また席の移動も提案してくれてありがとうございます。お気持ちだけでもとても救われました。

JALのCAさん。初めはルールに硬い人だなと思ったけど、命を最優先にしてくれた行動で自分の至らなさを再認識させられました。規則を守ることが皆の命を守ることに繋がるので、これからは気を付けたいと思います。

そして妻。今回の件はずっと頼りになった。日々、その感謝を返して過ごします。ありがとう。これからもよろしくお願いします。

という年明け早々のドタバタ帰省でした。